
●本シリーズは蛋白質核酸酵素(共立出版)2002 年 11 月号〜 12 月号、2003 年 4 月号〜 5 月号に掲載しております。
・2002 年 11 月号 科学ジャーナリズム変革宣言(1) 夏の学校分科会から 林衛
・2002 年 12 月号 科学ジャーナリズム変革宣言(2) 職業としての科学ジャーナリスト 林衛
・2003 年 4 月号 科学ジャーナリズム変革宣言(3) 日米科学記事対決 林衛
・2003 年 5 月号 科学ジャーナリズム変革宣言(4) ローカル科学番組の可能性 林衛
(掲載号発売日から1ヶ月後より当 website でも掲載いたします。最新号は共立出版"蛋白質核酸酵素"をご覧ください。)
【感想・コメント】 【TOPページへ戻る】【キュベットTOPページへ戻る】
(蛋白質核酸酵素 11 月号 Vol.47 (2002) より許可を得て転載)
■科学ジャーナリズム変革宣言(1) 夏の学校分科会から
科学の応用が技術,科学ジャーナリズムの役割は知識のない一般人に正しい 科学の知識を伝えること,そんなナイーブな考えの方いませんか? もっと科学のことをちゃんと知ろう,そして,科学を育てる科学ジャーナリズムをつくってしまおう,そんな大きな目標をもって,この分科会は企画された.その成果はいかに.
●科学ジャーナリズムは何のためにあるのか
今年の生化若手夏の学校で行なわれた本分科会のプログラムは囲みのとおり.単なる印象批評に終わらずに,具体的な事例研究に基づいて,実行可能な最初の提言を示す,そのために組まれたプログラムであった.
日本の科学ジャーナリズムの何が問題なのか,そこには,目的,実力,組織,養成,運営などの点でさまざまな課題がみてとれるのだが,ここではそれを象徴的に現わした図をみてほしい.ピラミッドの頂点から下向きの矢印に沿った情報の流れがあるが,市民社会から科学を育てようというボトムアップの流れが欠如していることを示しているのが“欠如モデル”による社会の記述である.1960年前後に各新聞社に科学部が成立した.以来,日本の科学ジャーナリズムは,この段階に止まっているといえる(林による導入).
この段階から,どのように“成熟した市民社会”(図右)のコアとなる科学ジャーナリズムに脱皮するのか,それが分科会会場で共有が進んだ課題なのである.
長谷川氏は,科学の発展に貢献するためには,科学ジャーナリズムは,科学を批判して監視するのみならず,人々がどうすれば科学の発展に寄与できるのかも,知らせるべきであると述べたうえで,成熟した科学技術社会に科学ジャーナリズムが果たす役割として,科学の成果を情報として提供するばかりでなく,その意味を分析し,異なるさまざまな意見を知らせ,判断の材料を提供することをあげた.このことは,市民が科学や科学者に対して質の高い意見を持ち,科学の研究に参加することにつながるだろう(じつは,“Nature”は1869年の創刊時から,これをやってきている).
●職業としての科学ジャーナリズム
ジャーナリズムで求められる企画→取材→制作→表現(映像・番組)という一連の流れは,テーマ設定→調査→分析→発表(論文)という科学研究手法と相似形だと指摘したのは,NHK教育テレビ『サイエンスアイ』のアナウンサー兼ディレクターを務めた山口氏だ.同番組6年間の成果,狂牛病,環境ホルモンの日本最初の報告,台湾大地震の地震断層の自らによる発見・報道などは、フィールド研究者として身につけた研究手法とフットワークが生んだ業績といえる.理工系大学院生にとって,科学ジャーナリズムが魅力的な職業であることを実感させられる.
では,職業としての科学ジャーナリズムはどのような倫理・専門性をもつべきか,それを明確に述べたのが,井上正男氏であった(続く).
夏の学校科学ジャーナリズム分科会
8月17日
林 衛(UDI科学の社会化研究室)
:科学ジャーナリズムの何が問題か?
長谷川眞理子(早稲田大学)
:21世紀のサイエンテフィック・リテラシーと科学ジャーナリズム
山口 勝(NHK名古屋)
:科学番組『サイエンスアイ』から何がみえたか
井上正男(北國新聞論説委員室)
:予見ができる科学ジャーナリズム宣言――狂牛病はなぜ防げなかったのか
8月18日
横山広美(東京理科大,サイエンスライター)
:科学ジャーナリストをめざす醍醐味――ニュートリノ質量発見報道日米比較から
井上智広(NHK科学・環境番組部)
:テレビと科学とジャーナリズム――ローカル科学番組のつくり方と可能性
バイオ分野の進路・就職相談会(バイオベンチャー分科会と合同)
図 科学,社会,科学ジャーナリズムの関係.21世紀の成熟した市民社会においては,科学者集団,政府,市民(もちろんほかと重なる)とよい緊張関係を保ちながら,社会に科学を育てる科学ジャーナリズムの役割がますます重要になる.
![]()
林 衛(UDI 科学の社会化研究室・同分科会オーガナイザー補佐)
(蛋白質核酸酵素 12 月号 Vol.47 (2002) より許可を得て転載)
■科学ジャーナリズム変革宣言(2) 職業としての科学ジャーナリズム
●21世紀の科学ジャーナリズムの役割
日本では科学雑誌が売れない,それは日本には科学を楽しむ文化がなく,一般市民が科学への関心をもっていないからだ,市民にもっと科学を伝えないとならないといったことがよくいわれる.ところが,日本では『ニュートン』のようなイラストを多用したわかりやすい一般向けの科学雑誌がコンビニエンスストアでも販売される一方,英米の状況と異なり,科学者を中心とした読者層をねらった『科学』や『日経サイエンス』といった総合科学雑誌の部数が低いという特徴がある.科学者が,専門外の科学を楽んでおらず,科学に対する視座を自ら狭くしている実態の反映なのか.
しかし,『科学』は最近20年以上続いてきた部数減に歯止めがかかり部数上昇に転じ,『日経サイエンス』も堅調に推移している.出版不況といわれるなかでのことだ.科学の成果が続々と生まれていることに加え,環境ホルモンや感染症,遺伝子組み換え作物,大震災,気候変動などのように,科学的知見抜きには個人的にも社会的にも意思決定や解決が困難な問題も少なくない.前号で示したとおり,科学者と関心の高い市民に共有される価値のある質の高い情報を提供し,社会の中に科学を育む科学ジャーナリズムがいま求められている(前号図参照).科学者のもつ情報を一般市民に一方的に伝えるだけが,科学ジャーナリズムの役割ではない.それだけでは問題の解決はできないからだ.
●科学ジャーナリズムは期待に応えているか
科学者と一般市民の期待に応えるために必要な科学ジャーナリストの行動指針(囲み)を示したのが,井上正男氏(北國新聞論説委員)である.井上氏は京都大学理学部で物理学の博士号を取得し研究職についたのち,新聞記者に転じた経歴をもつ.
さらに井上氏は,水俣病,薬害エイズ,BSE事件など,科学と科学ジャーナリズムの失敗の分析に基づいた,11の行動基準を示した.「(科学や技術の)影響のメリットや問題点がすぐには見極めにくい現代にあっては,目撃者と称して,時流に超然卓越してはならない」「公平中立と称して,あるいは釣り合いの感覚と称して,社会への影響を予測するための科学論争に関与することを回避してはならない」「原著論文を読みこなすなど,科学者や技術者から自律して科学や技術の成果の社会的な意味について洞察力を発揮しなければならない」など,科学ジャーナリストの進むべき道を明確にした基準である.
期待に応えられる科学ジャーナリストとは,科学者と一般市民の双方を,ときに納得させ,ときに真剣に考えさせられる力量と志が求められる. 『Nature』創刊時の興味深い論争がある.政府の資金で太陽観測を行う新しい天体物理学の研究を提案した同誌創刊者のロキャーに対し,グリニッジ天文台の台長らは,科学者の務めは役に立つ業務をすることであり,政府の資金を使って昼間から役に立つかどうかわからない太陽観測をするのは,科学者にあるまじき行為であるといった趣旨の反対論を述べている。『Nature』は1869年当時から,科学をどのように育むのかを大きなテーマとしているのだ.
次回は,ニュートリノ質量発見という大ニュースの日米比較から始めて,日本の科学ジャーナリズムの特徴と課題をさらに追究したい.
21世紀の科学ジャーナリズム宣言(井上正男・林 衛による)
私たちは,公益に資する理想の科学ジャーナリズムの構築を目指し,
1 疑わしきは回避・予防措置をとるなど,公共哲学をもって活動します.
2 そのため,対話型の公共圏づくりに積極的に参加します.
3 「公平,中立」「不偏不党」の神話から抜け出し,科学ジャーナリストの四つ
の社会的責任と11の行動基準に従って科学論争に自ら参加します.
4 科学者の三つの社会的責任(説明責任の原則,リスク予測の原則,予防措置の
原則)を自覚し,活動します
5 信頼のジャーナリズムのため,国立大学などに基礎教育にあたる科学ジャーナ
リズム大学院をつくろうと呼びかけます
科学ジャーナリストの四つの社会的責任(抜粋)
単なるレポーターではなく専門職としてのジャーナリストであるためには社会的
な責任が伴う.以下は,その要約である.
第1.科学ジャーナリストは自律して報道しなければならない⇒ 報道,評論の
自律の原則:権力についてはもちろん,世論にもおもねることがあっては
ならない.
第2.科学ジャーナリストは公正な報道をしなければならない⇒ 正確・公正・
迅速な報道,責任ある評論の原理.責任ある評論とは,主張の根拠を明確
にした論説.
第3.科学ジャーナリストは「知る権利」にこたえなければならない⇒ 国民の
「知る権利」擁護の原則.
第4.科学ジャーナリストは自浄能力を持たなければならない⇒ 公衆の信頼を
得る努力の原則.
林 衛(UDI 科学の社会化研究室・同分科会オーガナイザー補佐)
(蛋白質核酸酵素 4 月号 Vol.48 (2003) より許可を得て転載)
■科学ジャーナリズム変革宣言(3) 日米科学記事対決
昨年の連載前半 2 回(11 月号と 12 月号)までで,日本の科学ジャーナリズム がどのような点で社会的な期待に応えられていないのか述べてきた.今回と次回最終回では,具体的な事例をもとに,さらに課題を掘り下げてみたい.
生化学若手の会科学ジャーナリズム分科会で注目の事例研究は,横山広美氏による『科学ジャーナリストをめざす醍醐味――ニュートリノ質量発見報道日米比較から』であった.横山氏は,大学院博士課程に在籍し,筑波の高エネルギー加速器研究機構でつくりだしたニュートリノを,岐阜県神岡鉱山跡にある巨大な水槽――50000 トンの水とのわずかな相互作用を光電子増倍管がとらえるスーパーカミオカンデ――に打ち込んで,ニュートリノの質量などを調べる実験に参加しながら,すでに科学ジャーナリストとして『子供の科学』誌などで執筆活動をおこなっている.
さて,1998 年 6 月 5 日に岐阜県高山でおこなわれた国際学会「Neutrino'98」で,日本のスーパカミオカンデを活用した研究グループが,それまで物理学の標準理論において質量ゼロとされてきたニュートリノに質量があることを明らかとした.このニュースを,日本国内ではその日の夕刊 1 面で各紙(毎日,読売,東京を比較)が報じたほか,アメリカの The New York Times と Washington Post も 6 日大きくとりあげた(半日出遅れた朝日新聞は翌 6 日朝刊で報じた).大ニュースとなったこれらの記事の比較から何がいえるのか.
日米の大きな違いは,まず記事の長さである.日本の記事が,本文 2000 字程度の短いものであるのに対し,アメリカの記事は,最初の面で終わらずに別の面に続いていて,ほぼ 2 倍の分量がある.ついで,実験結果の数値が入るなど,正確な科学的情報が盛り込まれているのは日本の記事の特徴だが,その代わりに研究の雰囲気を伝える国際会議の参加者数や研究グループの人数があるのがアメリカの記事の特徴だ.The New York Times には,1960 年に作家 John Updike が詠んだ,ニュートリノについての詩が引用されている.
Neutorinos, they are very small.
They have no charge and have no mass
And do not interact at all.
The earth is just a silly ball…
(以下略)
少ない人数の記者が1回に長い記事を書くアメリカ型の新聞では,科学記者は物語の語り手となる力量を求められる.当然,会議で発表された内容以上の情報や知識が必要になる.Washington Post は,研究分担先のハワイ大学の研究者がやや先走って WEB サイトで発表した情報に依拠して記事をまとめたらしく,日本を中心とした国際チームではなくまるでハワイ大学の成果のようにも読める構成になってしまっている。
では,正確で科学的な情報を伝える短い日本の記事と,研究のプロセスや背景を伝える物語風で長めのアメリカの記事.どちらのほうが,専門の科学者,専門外の科学者,そして一般市民に対して魅力的に科学を伝えているのだろう?
これを横山氏は,次のような分析した.日本の記事は科学を「情報」としてとらえているようにみえ,真面目な記事構成であるものの,躍動感あふれる現場の雰囲気が届きにくく,おもしろくないので,いわゆる「科学離れ」を増幅するものになっているかもしれない.一方,アメリカの記事は,読み物としてつくられていて,おもしろく読める工夫がみてとれる.そのために,おもしろいことをやっていそうだから,もっとくわしく科学雑誌で読んでみようという気持ちを呼び起こし,科学好きを増幅する効果が強い.
これだけの比較から科学記事はすべて日本が劣りアメリカが優れると結論することはもちろんできないのだが,日米の特徴がくっきり現われたこの事例から,“科学を育む”科学ジャーナリズムへの大きなヒントが得られることもまちがいない.
林 衛(UDI 科学の社会化研究室・同分科会オーガナイザー補佐)
(蛋白質核酸酵素 5 月号 Vol.48 (2003) より許可を得て転載)
■科学ジャーナリズム変革宣言(4) ローカル科学番組の可能性
横のモノを縦にするということばがある.記者クラブでの横書きのプレスリリース文書を縦書きの原稿に変えるだけ,あるいは,すでにある情報を右から左にわかりやすく伝えるだけの報道に終始する,日本ジャーナリズムを揶揄するときにも使われる.それに対し,科学ジャーナリズムには,たとえ専門家がいない分野であっても,隠れた重要な真実を自ら追い求めようとする科学的な姿勢が必須だ.そのような分野の一つである原子力防災に地域密着で取り組んだ実践が,井上智広氏(NHK ディレクター)によって報告された.生化学の研究者にとっては,専門以外の分野で科学ジャーナリズムがどう機能しているのか,実例を学ぶことになる.
井上氏は,大学院で地震学を専攻したのちNHKに入り,多数の原子力発電所が並ぶ北陸の福井支局でディレクターとして番組制作を始めた.1995年兵庫県南部地震のあと,政府の防災基本計画にはじめて原子力災害編が登場した.「絶対安全」といわれていた原子力にも事故の可能性があり,その備えをすることが,原発を抱える自治体にとって明確な課題となってきた時期だった.
ところが,原発から10km以内の自治体は原発防災の準備をする義務があるにもかかわらず,福井県内では避難訓練がおこなわれていなかった.会場で前半が投影されたローカル枠の30分のニュース番組では,県内の敦賀市当局は「根拠となる正しい被害想定がないので,避難訓練はできない.政府は想定をしてほしい」との立場にあること,一方,防災避難訓練を実施する新潟県柏崎市では,市当局が県庁に働きかけ,県庁が専門家を組織し,訓練のための被害想定を用意していることを明らかにした.
しかし,新潟県に比べ,福井県内の取り組みが遅れていることをたんに批判することが目的ではないと,井上氏は付け加えた.科学ジャーナリズムといっても,ほとんどの場合,事件がおこった後に,なぜおこったのか,あのときああしていれば…という結果論におわっている.市民社会全体が,他人任せにせず,ことがおこる前の段階で,この先どうなるのかということを考えるようになることが重要だと,番組制作のねらいを語った.そのために,科学ジャーナリストは取材を重ね,科学論文や文献に目を通す日々を送る.
バイオ分野でも,クローン技術,ES細胞を用いた発生・再生工学の研究が盛んである.結果論に終わらない科学ジャーナリズムの実践が求められている. なお,茨城県東海村で JCO 臨海事故が発生したあと,このローカルニュース番組の存在が東京のNHK制作担当者でも注目されたという.
さて,連載 1 回から紹介してきた,予見性をもち,社会の中に新しい科学を育む科学ジャーナリズムとはどのようなものであるのか,この分科会の主題は読者に伝わったであろうか.ご意見,ご批判,ご感想もお待ちしたい.
最後に,世界の動向についても簡単にふれておきたい.図をみてほしい.ピラミッドの頂点にある科学者から知識をもたない底辺の市民への一方向コミュニケーションの時代(ピラミッドモデル)が過去のものとなり,さまざまな社会組織が結びついて社会の中に必要な科学を育んでいくための多方向のコミュニケーションの時代(市民社会モデル)となったいま,科学ジャーナリズムの役割は拡大し,その重要性も高まっている.そのような編集方針のもと,『P.M.』とその翻訳版は,ヨーロッパ各国で愛読されているという.(了)
図 市民社会における科学ジャーナリズムの役割.ドイツの科学雑誌『P.M.』 誌サイエンス・ニュース・エディター,W. C. ゲーデ氏による.
![]()
林 衛(科学編集者・NPO法人理科カリキュラムを考える会理事)
●この記事は蛋白質核酸酵素(共立出版)2002年 7月号に掲載しております。
・2002 年 11 月号 科学ジャーナリズム変革宣言 夏の学校分科会から 林衛
・2002 年 12 月号 科学ジャーナリズム変革宣言 職業としての科学ジャーナリスト 林衛
・2003 年 4 月号 科学ジャーナリズム変革宣言 日米科学記事対決 林衛
・2003 年 5 月号 科学ジャーナリズム変革宣言 ローカル科学番組の可能性 林衛
(掲載号発売日から1ヶ月後より当websiteでも掲載いたします。最新号は共立出版"蛋白質核酸酵素"をご覧ください。)
ご意見、ご感想をcuvette@seikawakate.comまでお送りください。(PNEキュベット委員会) 【TOPページへ戻る】【キュベットTOPページへ戻る】